3月6日 p.m.12:24
神宮「今日はアレだな。なんつーか良い天気だな」
友人K(以下K)「そうか? 俺にはこれから雨でも降りそうな気がするぜ」
神宮「雨? そんな馬鹿な……、だって今日は……」
 ――カッ!!
 その時、一筋の光が一閃し、雷光が轟いた。
 そして雨。豪雨となって辺り一面に降り注いだ。
 俺達は考える暇もなく、気がついたらびしょ濡れになっていた。
K「……わ、わぁぁっ! 降り過ぎだろ、この雨。早く避難しようぜ!」
 Kが俺に呼びかけるが、その時の俺にはまるで聞こえなかった。
 そのとき俺は、ただ目の前を見つめていた。
 そこには暗黒色で蠢いている何かが存在していたのだ。
 俺には、確かにそう見えた。
 例え勘違いだと言われても、俺には断言すらできたろう。
 暗黒色……嫌な、色だな。
 俺はKに揺さぶられるまでずっとそうしていた。


 3月6日 p.m.1:05
 Kと別れ、俺は自宅へと戻り、濡れた服を乾燥機に放りこんで、風呂へ入り、あがった後、さっきの事について考えていた。
 ――さっきのは一体何だったのか。
 考えれば考えるほど怖くなる。今、俺は非現実的な事を考えているのではないかと。
 ……馬鹿馬鹿しい。俺はそんなものは信じない。現実こそ全て。そう……、こう考えれば楽になれるはずだったのに。
 でも、あれだけは……そんな風に割り切れるものじゃない。
 きっと、勘違いではなかったのだ。

 俺は、すぐに家を飛び出した。
 空は驚くほどの快晴であった。


 3月6日 p.m.1:17
 先ほどと同じその場所には、やはり何も存在していなかった。
 俺は、どうすれば良いのかわからなかった。
 なかったからもう良いじゃないか、諦めてさっさと帰るのが一番。
 ……と、割り切れるものでもない。どうしてだろう。どうしてそこまであんなものに執着しているのだろう?
 
 ――俺は、あれに、なぜか運命的なものを感じていたのだ。
 そして俺は、何か大切な事を忘れているのに気づいた。





 そうだ……、そうか。
 そうだったのか……


 俺には……妹がいた。
 しかし、それは俺が子供のときであり、記憶も曖昧な時期である。
 両親も、妹の話などした事はなかった。
 それでも俺は覚えている。あの小さかった妹。いつのまにかいなくなってしまった妹。
 いくら俺が小さかったからとはいえ、覚えていないはずはない。
 両親もそんな大事なことをいつまでも黙っておくはずはない。
 そんな話は一度だって聞いたことはなかった。
 
 ――だが、記憶を消されたとすれば話は別だ。
 記憶を消す? どうやって。
 ――この地球で非現実的な事はありえない。最も出来そうな類の方法と言えば何か?
 ……薬を飲ませたり、変な術をかけたりすることとかか?
 ――そう、方法ならいくらでもある。無限大といってもいいくらいにな。
 しかし、一体誰がそんな事を!?
 ――そう、焦らずとも、自ずと答えは出てくる。そう言えば、今日は何の日だったかな?
 …………きょ、……う、は……
 今日は、誕生日だ。あの子の。
 名は確か……
 ――確か”千影”だと、君は言った
 そう、千影の誕生日。……そう、だ。
 俺は千影の誕生日に黒魔道の本をプレゼントしたんだ。あの子は昔からオカルト関係の本が好きだったから。千影はすっごく喜んでくれたよ。これ以上ないってくらいの笑顔を俺に見せてくれた。俺はそれが何よりも嬉しかったんだ。……あ、あ……も、もしかして千影は……
 ――そう、千影は自らの手で己を暗黒の世界へ葬ってしまったんだ。そして全ての皆が記憶を奪われ、月日が経ち、千影は誕生日に……つまり今日、現世へ戻ろうとしている。先ほどの暗黒の中にいたのは紛れもなく千影だよ。そのおかげで君はかすかに記憶の隅に何かを感じることができただろう? 彼女は誰よりも君が大好きで、そして君に謝罪するためにここへ戻ろうとしている。だが、彼女の魔力じゃまだ届かない。力が足りないんだ。だが、誕生日の今日、という事で魔力がわずかに上がっている。だが、まだ足りない……。だけど、今日しかないんだよ。彼女が戻れる日は。
 ……俺は、どうすればいい? どうすれば、千影をこの世に戻すことができるんだ! ……頼む。俺はなんだってする。俺は、彼女を、千影を助けたい!
 ――それは、君次第という事だ。助けたければ、彼女の想いを受け止め、念じるだけで良い。君が何よりも千影の事を思いやれば、あるいは……
 分かった。必ず、千影は俺が救ってみせる。
 
 p.m.4:40
 再び豪雨が辺りに降り注いでいた。
 俺はずっとそこで待っていた。千影が現れるのを。
 そして、俺が千影の想いを受け入れる決意を。
 そんな答えは最初から決まっている。
 俺は千影を救い出す。それだけだ。……他に理由は
 そうだ。これが一番重要な事だった。
 この世界へ助け出すことが出来たら、誰よりも先に言わなきゃいけない言葉を。



『大好きだよ、千影』