―夢の羽―



『夢を叶える一枚の羽、貴方は欲しいと思いませんか?』


 翼。
 大空を飛翔し、自由奔放に世界を超越する翼。
 あの蒼天から見渡す世界の景色は果たしてどれだけのものだろうか。
 絶美、絶景……、様々な単語が頭の中で渦巻いている。遥か上空の大気の中で、この創造された世界を自分の目で見てみたいと、心からそう願っている。
 夢。……そう、一言で言えばその単語に結びつく。
 昔からの夢だった。背中に純白で汚れの無い、光輝く真っ白な翼で……


 香川太一はそんな現実世界では有り得ない夢を持つ高校2年、公立高校に在学中だ。
 親も息子には大して期待もしていないようなので、「自分の好きな事をやれば良い」と有難い事を言ってくれた。
 太一も特にやりたい事がある訳では無かったので、とりあえず適当に近くの公立高校へと進学したのだ。
 高校2年は精神的にも一番楽な学年だ。1年は初めての高校生活という事で戸惑いがあり、3年生に至っては受験という苦しい壁が立ちはだかっている。まぁ、全部が全部受験するわけでは無いのだが。
 ――まぁ、大学も行けたら行くか。
 と、そんな考えで太一は今を生きる事に専念している。
 特に自己主張する訳でも無く、どちらかと言えば流されやすい性格だったりするのだ。
 今日も6限授業の終了のチャイムが鳴り、それぞれが帰路に着く。また、太一も帰りの支度をする。
「よう、太一。今日もとっとと帰るのか?」
 と、太一に話し掛けてきたのは親友の松頭健二だ。頭脳明晰、運動神経も抜群で太一の良き相談相手だ。太一の夢についても、健二にだけは話していた。
「まぁな」
「威張るような事じゃねぇ! 今日は悪いが先帰るわ。すぐに塾があるんだ」
「大変だな〜。ま、頑張れよ」
「あぁ、悪いな。じゃなっ」
 ビッ、と片手を上げて健二は走り去っていった。
 しばらくして、太一もその場を立ち上がり、帰路に着くのだった。

 太一の帰宅ルートは大体歩いて10分ほどだ。
 本当なら15分以上はかかるのだが、ここは都会。都会ならではの近道を存分に使っているのだ。
 ざっと50階立ての高層ビルと同じようなビルの間の道を通り、そこからちょっと歩いた所で右にある居酒屋の裏路地を突き進む。ここを抜ければもう家はすぐだ。
 いつものようにこの裏路地を歩いていると、そこに、いつもと違う光景が目の前に映し出された。

 ――羽の生えた少女。その翼は凛、と音をたててゆっくりと上下に広がっていく。
 大きな瞳がこちらを向いた。優しい瞳が美しい形容を立て、そして白い羽がゆっくりと舞う。
 太一は呆然とそれを見ていた。

「……あのぉ?」
 虚ろな顔だった太一はその声で我に返った。ビクッと、顔を引きつりながら。
「あ、あぁ……、ごめん。ぼーっとしてたよ」
 ――さっきまでの映像は錯覚だったようだ。我ながら変な妄想癖がついたのだと思う。
 太一は改めて話し掛けてきた目の前の少女を見つめた。年は太一より少し下だろうか? 背は低く、茶色の髪をしているのだが、茶色とは思えない輝きがそこにあった。フワッと、光沢を放つように白く輝いているように見えた。
 可愛い、というか美しい、という言葉の方が似合っているような気がした。
「あの……、大丈夫ですか?」
 少女が不安そうに尋ねる。
「あ、うん。大丈夫だよ。ありがとう、心配してくれて」
 太一は礼を言い、少女に向かって笑顔を向けた。
 すると少女も嬉しそうに笑顔になり、太一を見つめた。
 ――まるで天使みたいだ。
 一片の曇りも無いその笑顔を見たとき、太一は本気でそう思った。だが、二度も妄想する訳にはいかない。太一は穏便に礼だけ済ました。
「じゃ、じゃあ俺、これで帰るから」
 少女に手を振り、踵を返そうとして歩き出した。
「待って……」
 不意に、少女は太一を呼び止めた。先ほどの笑顔は無くなっている。太一の返答を待たずして、少女は切り出した。
「えっと、あの……、いつもこの道通ってますよね?」
「あ、うん。学校に一番近い道だからね」
 何を聞くのか、と太一は思った。とりあえず答えておく。
「それで……、こないだここを通った時、男性の友達に、自分の夢について語ってましたよね?」
「あ、もしかして聞いてた?」
「はい。あの、すいません。聞くつもりではなかったのですけど……」
 思わず苦笑し、少し赤面する。あんまり人に話すような事では無いからだ。聞かれたともなれば、変な人に思われるかもしれない。
 しかし、そんな危惧は少女の次の言葉であっさりと打ち消されてしまった。
「えっと、それで、いきなりこんな事言うのも変なのですが……、夢を叶える一枚の羽、貴方は欲しいと思いませんか?」
「え……?」
 予想とは遥かに違う少女の言葉。意味が飲み込めなかった。
「えと……、いきなりこんな事言っても戸惑うだけですよね。すみません、わかりやすいようにお話します」
 少女は軽い深呼吸の後、太一に話し始めた。

 少女の名はパティ、天使だ。
 幸福を人々に運ぶという天使。それは神話や逸話などでしか知らない想像上の生き物だった。
 だが、満ち足りないこの世の中で、幸せは徐々に失われつつあった。
 天使とは、人々の幸せを帯びて存在するものだという。ということは、幸せが失われれば、天使も滅びるという事だ。
 天使たちはありとあらゆる手段を使い、人々を幸せに導いた。だが、それでも幸福は全て満たされることは無かった。
 それでも、天使たちは諦める訳には行かなかった。天使が滅びてしまえば、人間も幸福を失い、滅んでしまう。
 だが、いつしか諦める天使が続出するようになった。そういう天使たちはすぐに力尽き、後を追うように次々と滅んでいった。
 後に残るのは空虚だけ。何も無い暗黒の未来に何があるというのか……?
 残った天使たちは、抗い続けた。それが無駄だと分かっていても。それが、本来、天使としての天命なのだから。

 初め聞いたとき、全てが嘘に聞こえた。そんな事が有り得るはずが無いと。
 太一は嘲笑するようにパティに返した。
「ははっ……、幸せが無くなっただけで、世界が滅びる? そんな馬鹿な考え、今時珍しいね」
「本当です! 私達天使は今、力が失われつつあります。まだ、希望の欠片はあるのです。だから、それに賭けて……」
 先ほどの口調とは違い、パティは躍起になっていた。必至に諭そうとするパティを見ると可哀想にも思えてくるが、だが、これは大げさだ。どこにそんな証拠があるのか。
「だったら証拠を見せてくれよ。世界が滅びるっていう証拠を」
 太一も太一なりに躍起になっていた。全く信用していなかった訳では無い。この少女には、何かそういう信じてみたいものというか、どこか普通の少女とは違った何かを感じる気がしたのだ。嘘だと断定できるものではなかった。それでもやはり、半信半疑なのは確かだったが。
「証拠……、そうですね。世界が滅びるっていう証拠はありませんけど、貴方を幸せにする事なら出来ます」
 そう言って、パティはその小さな掌を軽く握り締めて、再びそれを開く。
 すると掌には真っ白な一枚の羽がフワ、と音を立てたように乗っかっていたのだ。
 手品かと思ったが、尋ねる前にパティは一歩前に出て、
「この羽に貴方の夢、想い、好きな願いを馳せて下さい」
 そしてその細く、小さな掌を太一に向かって差し出した。
 一瞬、太一は戸惑った。その羽が彼が夢にまでみた翼に見えたのかもしれない。
 ――純白で、汚れの無い、光り輝く……
 太一は無意識のうちに、それに惹かれるように手を伸ばした。そして、それが一瞬指先に触れた時、
「っ!」
 太一は表情を強張らせ、右手を振り切った。
 どうしてか分からない。でも、何故だか太一はその羽を、少女を、拒絶してしまっていた。
 パティは、太一の行動が以外だったのか、顔を強張らせ、元々白かった肌が蒼白になっている。
 太一は、荒く呼吸をした後、その場にいるのが苦しくなった。
「お、俺、行くからっ!」
 本当はパティを信じていたのかもしれない。助けてあげたかったのかもしれない。
 あの羽を見た時、そう思えたから。
 太一は有らん限りの力で家へと走った。


 その日は、近道を使わずに普通の通学路を使って登校した。
 正直、パティに会うのが怖かったからだ。また会っても今度は何を言ってしまうか分からない。
 完全に鵜呑みにした訳では無いが、どうにも引っかかる。

『夢を叶える一枚の羽、貴方は欲しいと思いませんか?』

 夢を叶える。
 それだけで言えば、欲しいに決まっている。太一でなくても誰だってそうだろう。
 でも、それだけではない気がした。あの場の雰囲気に包まれれば太一でなくたって……、
「よぅ、太一。どーした? 疲れた顔して」
 クラスメイトで唯一の親友の健二が話し掛けた。
「あぁ、おはよう……」
 健二の答えになっていないが、とりあえず曖昧模糊に返しておく。
「あー、なんか辛気臭ぇな……。なんか悩みでもあるのか? 俺で良かったら相談に乗るぜ」
 ドンっ、と胸を張り上げ、右手で叩く。
 だが、太一はそれすらも見ていなくて、憂鬱そうに窓の外を眺めているだけだった。
 それを見た健二は少しため息をつき、
「ふぅ、まぁ良いけどよ。太一、今日は一緒に帰ろうぜ。塾も無いしな」
「……ああ」
 半ば、聞いていない太一だった。
 太一の憂鬱は今日の全授業が終わるまで続いた。否、終わってからも続いていた。

「よっしゃぁぁぁぁぁぁぁ!! 太一、放課後だぜぇぇぇぇぇぇ!!!!」
「…………そうだな」
 いかにもわざとらしくテンションを上げながら、太一を盛り上がらせようとした健二だったが、その作戦は失敗に終わった。
「はぁ、まだその調子かよ。まぁいいや。早く帰ろうぜ」
「……あぁ」

 ぼーっと、まるで焦点が合ってないような目で、帰りの道を歩く太一。
 隣には健二がいる。実はこの二人、仲が良いどころか、家まで近いのだ。
 しかし小・中学校はなぜか違った。何とも、皮肉な運命としか言い様が無い。
 健二が太一を誘導して、いつもの近道を通る。太一は気づいていなかったが。
 居酒屋の裏路地を曲がり、そのまま直進……と、言うところで太一は我に返ったように目を大きく見開いた。
「……っ!? ここって近道じゃないか!」
「え? あぁ、そうだけど……?」
 明らかに昨日までの様子と比べておかしい。健二は詮索しようとしたが、それよりも早く太一が、
「今日は止めた方が良い。戻ろう」
「は? もうちょっと進むだけじゃねーか。何言ってんだよ、急に」
 冗談のつもりで言ったのかと思ったが、元より真剣な表情でそう言う太一の剣幕に、冗談を言える雰囲気はどこにも無かった。
 だが、あえて健二は冷静になった。
「まぁまぁ、太一。今日は近道使おうぜ。今日は俺、早く帰らないと行けないんだよ」
「だったら健二だけ先に帰ってくれ。俺は戻るから」
「なんでだ? なんか理由があるんだろ?」
「別に……」
 静かに、太一は呟いた。明らかに焦っている。この道で何かあったに違いない。それとも、この道に何かがあるのか……?
 健二はその頭脳で太一を詮索しようとした、その時……。
「きゃあああああああああ!」
 少女の悲鳴。
 太一と健二は路地の奥を振り返る。かすかに、何かいるような気がする。ここからでは遠くて見えない。
「パティっ!」
 考えるよりも先に、太一は走り出した。
 健二もまた、頭よりも体が先に動いていた。
 狭い路地道を二人の男が走っていた。

 そこには、大学生くらいの若い不良そうな男達が少女、パティを取り囲んでいた。
「けけ。可愛い姉ちゃんじゃねぇか」
「おー! 俺こーゆーの好みなんだよ!」
「でも、かなり子供じゃねぇか?」
「ロリコンだな、お前は」
 わはは、と気色悪い笑みが狭い路地で木霊する。
 パティは身を強張らせていた。顔が恐怖で引きつり、青ざめていた。
 初めての恐怖。死を覚悟できない幼い命。
 全てが恐怖だった。怖かった――。
「やめろぉぉ!」
 太一が叫びながらその場に現れた。後に、健二も続く。
「その子から離れろ!」
 太一が脅えること無く前へ進む。喧嘩はしたこと無いが、腹はくくっている。覚悟の上での発言だ。
「け。びっくりしたじゃねぇか、あん? 高校生か、お前ら? 舐めんなよ、餓鬼。こっちは何人いると思ってんだ? あぁ?」
 確かに、状況的にはこちらの方が圧倒的に不利だった。
 相手は4人もいる。1人で2人倒すと言っても、かなり分が悪い。
 だが、ここで引くわけには行かないのだ。
 本当はここに来るつもりは無かった。パティに二度と会う気も無かった。
 だが、太一も男だ。この状況下でみすみす逃げるようなひ弱な男ではない。
 パティの顔を見る。今にも泣き出しそうな表情で、こちらを見ている。
 ――やってやる! そう思った瞬間だった。
「太一」
 不意に名前が呼ばれた。……健二だった。
「お前は、あの子の事知ってるんだな?」
 言葉短く、健二はそう問う。
 嘘をつこうと思ったが、数瞬後、太一は黙って頷いた。
 そうか……、と健二は納得したように頷き、そして。
「ここは俺に任せとけ。お前は、あの子を助けて逃げろ」
「えっ、何言って……!」
 返すよりも先に、健二は動いていた。
「頼んだぞ!」
 健二は走って不良達に飛び掛っていった。
「おらぁ!」

「パティ!」
 恐怖で動けなかったパティだが、太一の声を聞くと、やがてその緊張は緩んできた。
「……あ、えっと」
「俺は太一だ。そう言えば俺の自己紹介がまだだったよな?」
「え、あ……はい、太一さん」
 パティはまだ震えていたが、太一の手につかまると、その震えは収まってきた。
 ――軽い。
 太一はふとそう思った。天使だからなのか、とも思ったが今はそんな場合では無い事に気づく。
「そうだ。早く、ここから逃げるんだ!」
「あ……は、はい!」
 先ほどの恐怖を思い出したのか、パティは力強く頷き、太一が促した道を走って進む……が。
 ドカッ!
「ぐぁぁぁっ!」
 強烈な衝撃に一瞬意識が失いかける。だが、力を振り絞って振り向いたとき、太一は絶句した。
 健二が、横たわっていたのだ。
 血まみれで、見るも無残な姿に変えられて。
 そして、4人のうち、傷ついた者はいても、倒れた者は誰もいなくて。
「けっ、思ったより苦戦したぜ。調子こいてんじゃねぇぞ、こらぁ!」
 ドカッと、太一の腹を思い切り蹴り上げる。みぞおちに直接来る、意識が吹っ飛びそうな衝撃に、太一は悶えた。
 だが、不良達はそんな暇を与えない。太一と健二に次々に暴行を加える。
 太一は、ただ黙ってその攻撃を食らうことしか出来なくて。それでも、目だけはパティの方を見つめていた。その目が、合図するかのように。
 ――逃げろ、と。
 少女の目には涙が溢れていた。それは何かを我慢するような表情。
 そして、止められない促すような力が少女の喉の奥を熱くさせた。
 少女は、ついに一筋の涙を流した。

 光。全てを包む光。
 光は形となって、その姿を現す。
 真っ白な翼が、そこにあった。
 少女の背中から大きな翼が一瞬にして生え、辺り一面を輝き照らした。
 不良達も、その輝きに、見惚れてしまっていた。
 その瞬間、全ての時間が止まっていた。
「……偉大なる主、神よ。この愚かな者共に罰を下すお許しを」
 瞳が、陰陽に不良達を睨む。その瞳は、慈悲と憎悪の顔があった。
 その場で燃え尽きてしまうような灼熱の形相。
 不良達は、その場を動かなかった。否、動けなかった。
 言葉どおり、天使は業火を放った。全てを燃やし尽くす神の炎。
 不良達の断末魔があっという間に聞こえた。だが、太一は熱くなかった。死んでもいなかった。だから、立ち上がる事が出来た。
 記憶の片隅に、まだあの記憶が残っていた。

『夢を叶える一枚の羽、貴方は欲しくないですか?』

 これは夢なんかじゃない。望んだものなんかじゃない。
 こんな地獄みたいな世界はいらない。ただ、真っ当で平和な世界があったら良いなって。
 そうだ。そうだったんだ。
 俺は初めから空を飛びたいなんて思っちゃいなかったんだ。
 夢は叶えてもらうものじゃない。自分で掴むものなんだ。
 天使は、天使の力は最初から借りるものでは無かったのだ。
 でも、天使は夢を掴む大切さを人間達に教えにきたのだ。
 天使は人間の幸福を帯びて存在していると言った。そうだ、その通りだ。
 人間は幸せを待っているから、不幸になるんだ。
 人間は愚かだ。
 そして、俺も、愚かだった。
 でも、もうそんな事には迷わない。
 約束する。
 だから……だから……、
「もう、やめろぉぉぉぉぉぉ!!」
 
 太一は有らん限りの声でそう叫んだ。
 天使が、パティが動きを止め、こちらを睨んでいる。
 目には涙が溢れていた。いくら拭っても拭いきれない悲しい涙が、そこに溜まっていた。
「もう、良いんだ。分かったんだ」
 太一はパティを諭すようにそう言った。言わずにはいられなかった。
 太一はパティに近づき、パティの目の前で、屈み、一枚の羽を拾った。
 それは、路地に落ちていたにも関わらず、汚れが全く無い。純白で、輝きを放っている一枚の羽。
「俺は、願いを叶える。……この世界中の人々が、夢を持ち、目の前の現実と対峙し、立ち向かっていけるようになって欲しい。挫折する事があっても、妥協する事があっても、諦めないで自分の夢を掴んで欲しい、そんな世の中にして欲しい。……ちょっと欲張りすぎたか?」
 軽く笑みをこぼすと、天使は満足げに頷き、こちらも微笑んだ。
「分かりました。その願い、受け入れましょう。これから先も、人間達は過ちを犯すでしょう。それでも、夢は、自分の夢は諦めて欲しくない。私もそう願っています。……偉大なる主、神のご加護がありますように」
 そう言って、パティは姿を消した。あの幻想的な場所はもうどこにも無くて、あるのは静寂だけだった。
 しばらくすると、死んだと思っていた不良達が目覚め、何事も無かったようにその場を去っていった。
 やがて、健二も目を覚ました。
 打撲後や痣などがいっぱいに広がっていたが、なぜか痛みは無かった。
 健二や不良達にはその時の記憶は無かった。だが、その代わりに、そしてそれは世界中の人々に新たな記憶が生まれた。
 夢を掴む大切さを。

 その後、太一と健二は共に同じ大学に進学する事を決意。
 それには太一の両親も少しばかり驚いていた。
 将来は何をするかまだ決まっていないが、とりあえず出来ることをやって行こうと思う。
 可能性は限りなく大きすぎるけど、それでも、自分の夢は掴みたいと思う。
 太一はいつも通り居酒屋の裏路地を通り、後は直線に突き進んで行った。
 そして、そこには小さな少女がいた。
 少女は、小さく微笑み、太一にこう言った。
「夢を叶える一枚の羽、貴方は欲しくないですか?」
 夢が紡がれていく。
 永遠が時となって世界が変わっていく。
 太一も微笑んで、返した。
「へぇ、夢を叶える羽か。そんなものがあるのか」
 太一は悪戯っぽく微笑し、続ける。
「そうだな、だったら俺の願いは……」
 羽は、指先に触れるまでも無くゆっくりと消える。

 そして、また……夢は紡がれていく。


 〈完〉


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