Sweet〜恋しくて〜
【1】
12月23日
-am9:00-
「おねえちゃーん」
とても柔らかい声が辺りにこだまする。そんな爽やかな朝。
空はうっすらと白雲が見え、今日は絶好のピクニック日和。このまま可愛い妹と一緒にピクニックにでも行きたいけれど、今日はそんな気分じゃない。
どっちかといえば家でゴロゴロしていたい気分である。
「おねえちゃーん」
二度、同じ声が私に届く。もちろん聞こえてはいるが、二度目で返事するのがコツだ。同じ事を二度やらせるというのは中々面倒くさいことなんだけど、微妙に違った声色が聞けるのがとても嬉しい。
私を呼んでいるということがとても嬉しい。だから、これ以上待たせたくなくて私は返事をする。
私がユイのそばに行くと、ユイはとても嬉しそうに微笑み、それは私にとっては天使にも変え難い大事な宝物だった。
だからこの微笑みを壊したくない。私は妹をこんなにも好きなのだ。誰にも渡したくないほど。
-am9:27-
テレビによると、明日はクリスマス・イヴなのだという。すっかり失念していた。年に一度の大イベントだというのにこういう事には疎い私である。
でもまぁ、クラスの友達などと違って、私には彼氏はいないし興味もない。だから今年も家でテレビを見てることになるだろう。何も変わることのない一日で終わるのだろう。
しかし、ユイはどうなんだろう。彼氏はいるのか? 友達と遊びに行くのか? 私はユイと家で過ごしたいのだが、こればっかりはどうしようもない。あの子の自由を奪うわけにはいかないのだ。
ユイが私を好きなのはわかる。しかしそれはもちろん姉妹としての感情だ。それ以上はないと断言できよう。だけど、私は姉妹の壁を超えて妹を好きになってしまったのだ。
この感情に気づいたのは2年前。最初はそんなわけがない、と頭の中で拒否しようと思ったが、理性がそうさせてくれなかった。
時間が経つにつれ、妹をこれほどまでに恋しくなってしまった。
最初のうちは、顔も見合わせられなかったが、最近ではやっと普通に会話をすることもできる。姉としての立場をわきまえている。私は姉というものにすぎないのだ。
だからずっとこのままの関係でいるしかない。……だけど、私にも限界と言うものは……あるんだ。
-am9:50-
コンコン
「は〜い」
私は今、ユイの部屋の前にいる。とりあえずクリスマスはどうするのか聞いてみることにしたのだ。それくらい、罰はあたらないと思う。
ユイは私を快く迎えると、ドアを開け、私を先に入れさせる。すれ違う一瞬に、妹の良いシャンプーの香りがした。
そして中にはまさに「女の子」と言いたげなピンクカラーで染まっていた。タンスの上には去年、私のプレゼントしたクマのぬいぐるみが飾ってあってなんか嬉しさとくすぐったさが押し寄せる。
そんなファンシー溢れるこの空間で、私は一瞬何しにきたのだと忘れてしまった。今まで何度も入ったはずの部屋なのに、今日はとても動悸が早くなった。
後ろにはドアを閉めた妹がにっこりと笑い、私の言葉を待っている。
部屋独特の匂いと、妹の香りが入り混じったこの部屋は私には危険すぎた。何か麻薬的な何かを感じる。
意識が飛びそうだった。それでも、理性は失ってはいけない。早く用件を済ませて、この場を去る。これ以外選択肢は断じてない。
「え、クリスマス? えっとね、椎菜ちゃんたちと一緒に遊びに行くんだー。彼氏? そんなのいるわけないよぉ」
少し安堵感とショックがあったのかもしれない。私はユイに礼を言って、その場を出た。妹は「もう少し入ってけば?」と言ってくれたが、丁重にお断りして、自分の部屋へ戻った。
あの部屋に行ってはいけない。あそこに入ると、私は理性をなくしてしまうから。それだけは絶対にやってはならないことなのだ。
そうだ。散歩に出かけよう。今日は天気も良いし、ついでに買い物もしてこようかな。
冒頭の言葉を無視するかのように適当に着替え、私は家を出た。
-am11:49
ふぅ。以外と買いすぎちゃったかな。
とりあえず散歩がてら、街を歩いていると、今まで気づかなかったが、周りはすべてクリスマスに備えた売り出しものやら歩く人達の談笑でいっぱいだった。
親子連れやカップル達が街を歩き、明日はどうしようかと計画を練る。そんな幸せそうな人達が私にはなぜか不愉快で仕方がなかった。
思い出すのはユイの顔ばかり。こんな事だから彼氏だってできないんだと、自分では分かりきってることを、今でも拭い去ることはできない。
それはこれからもずっと続くと思う。
でも、いつかは……ユイも私の元を離れ、どこかへ旅立ってしまう。そんな日を思うととても切なくなる。泣きたくなる。
一度でいいからあの小さな身体を抱きしめてしまいたい。いっそ誰かに奪われるならこの手で壊してしまいたい。そんな欲求に多々駆られる。
どうしていいか分からない。そしてその答えは誰からも得られない。
私……どうすれば
「あれー、先輩じゃないですか」
ふと、声をかけられ、見るとそこはユイの親友である麻生椎菜ちゃんだ。
妹と並んで小さい身体だが、ユイと違っていつも元気にパワフルな性格をしており、よく妹の面倒を見てもらっている。
家にも遊びにくるのだが、たまに私とも話したりする。可愛くて元気な子だ。
学校でも妹と椎菜ちゃんは仲が良い。仲が良すぎて、そういう噂もされているという話をたまに聞く。
だから、別にこの子に罪はないのだけど、ちょっとだけ嫉妬している。
「今日は何してるんですか?」
私が持っていたものを見せると、椎菜ちゃんも買い物に来てたらしく、一緒に歩きましょう、ということになった。
もう、一応買うものは買ったのだけれど、椎菜ちゃんも私の可愛い後輩なのである。ちょっとくらいワガママも聞いてあげないとね。
「そういえば、ユイは家にいるんですか? 行ってもいいですか?」
最初の返答に答えてないうちに次の問いがくる。私としてはあまり歓迎したくない状況である。
妹と友達が部屋にいるというのを想像するだけで、私には理解の範疇を超えているというのに。
「大丈夫ですよ。大事な妹さん取っちゃったりしませんから」
え?
「あたし知ってますよぉ。先輩、ユイにベタ惚れなんだもん。学校でもやたらユイの教室にお弁当とか食べにくるし、気づいてないのはユイだけですよ」
え、え――!?
「あれ、気づいてなかったんですか? 多分、ほとんどの生徒が知ってるんじゃないかなぁ。応援してますよ、先輩!」
頭が真っ白になった気がした。
そうか、噂されてたのは私だったのか。とんだ勘違いも甚だしい。
そんなにベタベタした覚えはないんだけど、とりあえずユイにバレてないようで、良かった。
これからはちょっと気をつけようと思う。
でも、それじゃあ椎菜ちゃんはユイのことをなんとも思っていないってことなのかな?
戻る 【2】