【4】



12月24日
 -am8:00

 ピピピ、と小鳥のさえずりのような目覚ましで私は目を覚ます。
 学校は22日までで、もちろん今日も休みである。冬休みの一大イベント、今日はクリスマス・イブ。
 私は目覚めた瞬間、柄にもなく一番にそう思った。
 
 だって……

 隣に寝ているのが、何よりも夢ではない証拠。
 私の方を向きながら、すやすやと妖精のように眠っている。
 私はいつもより暖かくなった毛布にもう一度包まれて、もう一度まぶたを閉じた。
 今日はいいことがありますように。


 -pm0:00

 ん……と、目を開ける。
 もうすっかり日が上っていて、ポカポカと暖かい。少し寝すぎてしまった。
 私はゆっくりと身体を起こす。すると、隣には寝ているはずのユイの姿がなかった。
 まさか二度寝の夢オチとかではないだろうが、とりあえず確認するべく、私はパジャマのまま妹の姿を探した。

 ユイは台所にいた。昼食の準備をしているのだ。
「あ、おねえちゃん。おはよう」
 律儀に、そして優しく朝の挨拶。相変わらず、今日も可愛くて素敵だ。
 私は挨拶を返し、洗面所で顔を洗い、台所の横にある居間でテレビをつける。
 そこには、クリスマス特集、ということで今日はどんな予定を過ごされるかカップルたちにインタビューしている番組が映っていた。

リポーター「今日はクリスマスですね! 今日はどんなご予定ですか?」
彼氏「今日は、買い物をして、家で二人で過ごそうかと思ってます」
リポーター「あぁ〜! いいですねぇ! 決してお金を使わずより親密にですか。うふふ、二人っきりでどんなお話をするんですか?」
彼女「えっ。あ、あははは。そんなこと言えませんよ」
リポーター「今日は言うまでお姉さんが帰さないぞー」
彼女「きゃー」
彼氏「ははは」


 ……
 今日は街が恋人や親子連れで溢れかえっているに違いない。実際、テレビで歩きゆく人達がたいていそうだ。
 今日は一人で外にはあまり出たくない。一人でいるだけで、色んな人から変な目で見られそうで。
 でも、ユイとならどこにだって行ける。ううん、どこへでもいい。家でいたっていい。ユイと一緒ならどこだっていい。
 今日はユイと……ユイと一緒に過ごすんだ。
 

 -pm0:30

 ユイが作った昼食を二人で食べる。今日の昼食は豚肉を茹でて、周りにキュウリとトマト、もやしなどを添えたサラダにユイ特製のドレッシングと、ワカメスープ、豚肉の残りで作ったギョウザのようなものに、ご飯が少々である。食卓はなんだか二人では寂しいような感じもするが、もうこの雰囲気にも慣れてしまった。
 ユイと会話が途切れたことはないし、もしそうなったとしても私がすぐに会話の種を見つけて、その話で場を盛り上げていく。
 だが、今日だけは違っていた。いつも団欒であるはずの食卓がやけに寂しい。卵焼きを摘む箸の音がカチャカチャと交差するだけだ。
 その理由はわかっている。私がユイを誘おうとしていることに、ためらっているからだ。
 一つの重要なことを実行しようとすると、他のことが追いつかない。無駄な会話をしようと思っても、そっちにばかり気がいき、何も話すことができないのだ。
 だから、ユイが何か言う前に言おうと思っていたのに……
「今日は、約束通り椎菜ちゃんと遊びにいってくるね」
 いつも通りのユイの声。だけど、私にはそれがどこか、申し訳なさそうな声に聞こえた。私の思い込みかもしれないが。
そう言えば昨日、ユイはそんな事を言っていた気がする。私はすっかり一人で舞いあがっていてそんな事すら失念していたのだ。まったく自分が嫌になる。
 だが、椎菜ちゃん? 椎菜ちゃんと遊ぶ? また昨日のような展開になったりするんじゃないのか?
 そんな事になるくらいなら、ユイを行かせるわけにはいかない。
「あたし、昨日は椎菜ちゃんたち、って言ったよ? ふふ、大丈夫だよ、おねえちゃん。今日は夕方には帰ってくるから。あ、そうだ。たまにはおねえちゃんの手料理が食べたいなぁ。今日はクリスマスだし……ね? いいでしょ」
 そうか、他の子も一緒に行くのか。ちょっと心配だけれど、それなら安心かも。
 本当なら一歩だってこの家から出したくはないのだが、友達と遊ぶことはとっても良いことだから止めはしない。
 それにしても、私に料理を頼むなんて、死んでもしらないよ? ユイ。
 こう見えても私は料理が苦手だ。
 一回チャーハンを作ったことがあるけど、あまりにまずすぎて、ユイが気絶したほどだ。私も食べてみたが、模範のチャーハンを真似てどこでこんな味になったのかわからないほどひどかった。
 そんな私の腕を知っておきながら料理を頼むのだから、絶対に失敗は許されない。
 とりあえず一つの目標が見つかってやる気が出てきた。早速何を作ろうか考案する。
「楽しみにしてるね、おねえちゃん」
 もうこのままユイを料理したかった。……親父ギャグ。


 -pm1:00

「それじゃあ、行って来るね」
 玄関でユイは私にそう言った。私もユイが帰ってきたら、もう靴ごとあがってしまうような美味しい匂いの料理を作って待ってくるから。
 だから、楽しんできてね。
 それと、6時までに帰ってくること。
「うん、わかったよ。それじゃあ、行ってきまぁす」
 玄関がパタン、という音を立ててもなお、私はまだ手を振り続けていた。
 そして、両手で頬を軽く叩き、気合いをいれる。
 よし、さっきの言葉に偽りが無いような美味しい料理を作ってやるぞ。
 私は気合い十分に、考案していた材料を買いに行く準備を始めた。

 私はまたも完全に舞いあがっていた。
 やはりユイと椎菜ちゃんを会わせるべきではなかったのだ。



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