【3】
それはいくらなんでもないんじゃない?
私の部屋とユイの部屋は壁を挟んでつい隣。特に厚い壁というわけでもないので、たまに私は声を潜めてユイの声を聞いていたりする。
しかし今聞こえているのは、ユイの声だけではない。椎菜ちゃんの声もしているのだ。
そして潜めあう怪しい声。時折ユイの「あっ……」という声が喘ぎ声に聞こえないこともない。
つまりは、あれだ。
椎菜ちゃんが私のユイを奪おうとしている、という結論以外に何を思えというのか。
椎菜ちゃんが、私のユイを……?
ついさっき、午前中に、椎菜ちゃんは何と言ったか。私にはそんな事を考える余裕が生まれ始めていた。
椎菜ちゃんは私とユイの仲を応援する、と言ったはずだ。あれは何かの聞き間違い? いや、そんなわけがない。あの時の緊張具合は計り知れなかったけど、言葉を理解することは十分にできたはずだ。
だけど今、椎菜ちゃんはユイと。
確かめたわけではない。行って確認するだけで言いのだが、中々立ち上がらない。というより立ち上がれないのだ。
もし、確認して、本当にそういう状況に出くわしてしまったら、きっと私はショックだろう。立ち直れないかもしれない。
それでも、私は確かめる必要があった。そんな事になっているならば、咎めねばならなかった。
だって私は、誰よりもユイのことが好きだから。それだけは、その想いだけは誰にも譲りたくなかった。
誰にも渡したくない、唯一の、私の妹だから。
私は立ち上がり、ふらふらと夢遊病者のように一歩一歩ユイの部屋へと近づいていく。近づくにつれ、動悸が早くなる。怖くなる。
だけど、ここまできたら引き下がれない。平静を装い、ドアの前まできて一瞬ためらってしまう……が、拳をグッと握り締め、そのドアをノックした。
コンコン
「は、はいっ!?」
今朝、ノックした時とはえらく動揺したユイの声が響いた。私は迷わずドアを開く。そこに広がっていたのは……
紛れも無く上半身が下着姿のユイだった。
「お、おねえちゃん!?」
あわわわ、と驚いたようにユイは脱ぎ捨てられたセーターを着直した。
正直な話、一瞬見惚れてしまっていた。
初めてみた妹の体躯。未だ幼い体型で、胸なんかほとんど膨らんでいない。それでも、白くて綺麗な肌だった。
が、一瞬で現実に戻される。そうだ、私は椎菜ちゃんを。
「あ、じゃあ今日はこの辺で帰りますねー」
と、私がユイに見惚れている間に椎菜ちゃんは帰り支度を終えていた。というか、すでにドアの前にいる私の目の前にいた。
私が何か言う前に、椎菜ちゃんは私の耳元で
「先輩、ごめんなさい。先輩がそこまで言うユイをもっと知りたくなったんです。そしたら、ユイったら可愛いんだもの。あたしも好きになっちゃいそぅ……」
と、頬を蒸気させながら呟いた。私は、何も言い返せなかった。
「ユイ、また明日ね!」
「う、うんっ」
椎菜ちゃんは何事もなかったかのように、家を出て帰っていった。
「おねえちゃん……」
ぺたん、と床に座りこんだまま子犬のような瞳で私を見上げてくる。私は、何か言ってあげなければならないのだろうか。
でも、言葉が出てこない。それほどまでにショックだったのだろうか。
私は、何も言わずにドアを閉め、その場を離れた。
助けを乞うような妹を置いて。
-pm11:00
それから私は部屋にこもりっきりだった。夕食も喉を通らず、美味しいはずの妹の手料理も今日ばかりは全て平らげることはできなかった。
あれきりユイとも話していない。ずっと自分の部屋でブツブツと何かを呟いている。
自分は何をしているのだろうと、激しく自己嫌悪する。そうすることによって更に自分を戒め、また自己嫌悪する。それの繰り返し。
普通は妹にこんな感情は抱かない。仲良くやってる妹が友達と何をしようが私の介入できる問題ではない。わかっているのだけど、止まらない。
涙もどれだけ流したかわからない。もうすっかり枯れてしまい、すすり泣く声だけが部屋中に響いた。
何で泣いているかも途中でわからなくなってきた。
どうして私は、妹を好きになってしまったのだろう。こんなにも……苦しいのに。
コンコン
やけに小さなノックが聞こえた。誰かはわかりきっている。この家には私とユイ以外の人間はいない。
私が何も反応できずにいると、しばらくしてドアがゆっくりと開いた。
真っ暗な部屋に、光が灯る。ユイが電気をつけたのだろう。私の姿は丸見えになってしまった。赤くなった顔がとても恥ずかしい。
「おねえちゃん……」
何度この声を聞いただろう。何度この声に救われただろう。何度この声に心を奪われただろう。
私は返事もなしに、子供のようにうつむいていた。相手になってもらうかのように、拗ねている様だった。
そんな私にユイは近づき、抱きしめてくれる。まるで私の心の内が見えるかのように優しい抱擁で私を温めてくれる。
だからユイが愛しくて、私も抱きしめる。ただ、このぬくもりが欲しかっただけなのだ。
「おねえちゃん、痛いよ」
それでも私はより強く、抱きしめる。この身体を離したくない。誰かに奪われるならいっそ私が……
「おねえちゃん、落ちついて」
ユイの手が私を優しく諭す。私は我にかえり、手の力を緩めた。
「さっきはごめんね。椎菜ちゃんがね、あたしの事をもっと知りたいって言ってきたの。それで、む、胸……を、触らせて……って。あ、もちろん触らせてないよ! 下着姿で許してあげるって言ったから、それで……。あ、でも一瞬服の上から触られたのかも」
とりあえずはほっとした。そこまでの行為には至らなかったようだ。でも、先ほどの椎菜ちゃんの言葉を思い出す。ユイのことを好きになってしまいそう……だと、彼女は確かにそう言った。
「でも、大丈夫だよ。あたし、お姉ちゃんが一番好きだもん」
そんな事を一瞬で忘れてしまうようなことを言ってくれる。
私は今まで悩んでいたことが一気に吹き飛ぶかのようにユイを抱きしめた。こんなに愛しい相手は他にどこにもいない。今、腕の中にいるユイだけなのだ。
椎菜ちゃんには絶対渡さない。絶対に奪わせたりはしない。
まだあどけなさの残る幼い顔を見つめ、私はそっとくちづけをした。
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